個人的な話ですが・・
2008年04月09日
●個人的な話ですが・・・・
僕は中小企業が大好きです。
なぜって?
なぜかは分かりませんが、どうやら親から受け継がせていただいた
DNAが激しく反応している様です。
●父親は今年で64歳になります。
勤務先は、名古屋市の港区にある運送会社。設立40年を迎えようとしています。
今でこそ従員数が100名ほどになる、地元ではそこそこ名前の知れた
会社となっていますが、その会社の始まりはとても小さなものでした。
創業者は、見るからに中小企業のオーナーと呼ぶに相応しい貫禄を
兼ね備えた魅力的な人でした。
社長の側にいると、その存在の大きさに、子供ながら安心感を覚えたものです。
父親はNO2として、組織内部をよくまとめていました。お客様・社員さん
全ての人から頼りにされている父親の姿を見て、誇りに思っていたものです。
●幼少期、僕達家族は、会社の2階の社宅に住んでいました。
社宅と言っても、6畳一間の小さな空間です。
僕の日課と言えば、1階に降りて、手の空いている従業員さんを捕まえて
遊んでもらうこと。父親からすれば、家庭も仕事もその場にあるのです。
創業者とNO2、そして幹部の全員が一丸となって働いている姿。
小さな部屋から見える、その日常の光景が今でも脳裏に焼きついています。
●ある時は、街宣車に会社を包囲され、いわれのない糾弾を受けたり
ある時は、愛人の存在に気付いた社長婦人が殴り込みをかけてきたり(笑)
正月になると、社長の自宅で新年会が開かれ、社員間の結束を固め、
石油危機を乗り越え、幾度の不況にも耐え忍び、 泣いたり、笑ったり、
本当にたくさんの出来事が起こりながらも、その会社は成長を続けました。
世間に認めてもらえるようになるまでは、決して、平坦な道のりではなかったはずです。
●今から数年前、その創業者がお亡くなりになられました。
最期を迎える数日前、僕は病院でその方の手を握り締めました。
子供の頃あんなに力強く思えたその手には、何の反応もありませんでした。
「今まで、僕達家族を支えて下さってありがとうございます。」
感謝の言葉をかけたら、泣けてきました。
涙が止まりませんでした。
そのオーナーは、間違いなく僕の人生の一部を背負って生きて
いてくれたのだから。
●中小企業のオーナーは、ある種命がけの仕事であると思います。
同時に孤独な存在でもあります。
それでも、社員の幸せを願い、社員の生活を守ろうとし
多くの人の人生に影響を与える。
そんな経営者の存在は、この世の中でも、本当に素晴らしい
ものだと思っています。
僕が今の仕事を選んだ理由は、経営者の苦悩を少しでも理解し
少しでも役に立ちたいと思っているから。
個人的な話でしたが、最後まで読んでいただいてありがとうございます。
名古屋支店長 西田敬一


